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最高裁判所第三小法廷 昭和27年(あ)801号 判決 1953年7月18日

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人本人及び弁護人小原正列の各上告趣意は後記書面のとおりである。

弁護人上告趣意第一点について。

所論は、要するに恐喝罪にかかる本件起訴状の前段記載に「被告人は……塩酸キニーネ一壜(約百五十瓦在中)価格約千円位のものを五万円の塩酸モルヒネと言う高価な薬だと偽って売却方を依頼した如く見せかけた後」とあるのを指摘し、かかる記載は裁判官に事件に付予断を生ぜしめる虞のある事項にあたり且つ広島高等裁判所の判例に違反するものであるから、本件起訴は無効であるというのである。しかしながら法律上他人より財物の交付を受け又は財産上の利益を得べき正当の権利を有する者が、その権利を実行するにあたり欺罔又は恐喝の手段を用いて義務の履行をなさしめても、詐欺又は恐喝の罪を構成しない場合があるのであるから、本件の場合恐喝手段が正当な権利の行使にあたらないことを示すために本件起訴状に所論指摘のような記載をしても違法ということはできない。のみならず起訴状に公訴事実を記載するにあたり、犯罪構成要件にあたる事実自体の外、これと密接不可分の事実を記載し訴因を明らかにすることは、なんら刑訴法二五六条六項に違反するものでないことは当裁判所の判例とするところである(昭和二五年(あ)第九九二号、昭和二六年四月一〇日第三小法廷判決、第五巻五号八四二頁)。また論旨は、本件起訴状の前記記載は、未だ捜査段階中にあった北林三郎の詐欺被疑事件における検察官に対する同被疑者の供述調書の内容を、本件被告人の恐喝事件の公訴事実中に記載したのであって、刑訴四七条に違反しまた刑訴二五六条六項に違反するという趣旨を主張しているが、仮りに所論のような事実があったとしても、刑訴四七条本文の規定は、訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによって、訴訟関係人の名誉を毀損し公序良俗を害しまたは裁判に対する不当な影響を引き起すことを防止する趣旨であつて、本件の場合のように検察官が公訴の提起という本来の職務を行うために、その保管にかかる他の被疑事件により知得した事実を公訴に必要なかぎりこれを記載することは、刑訴四七条但書の場合にあたりなんら違法ということはできない。論旨はいずれにしても理由がない。

弁護人の上告趣意第二点及び被告人本人の上告趣意について。

所論は、結局独自の見解に立って原審の証拠の取捨判断又は事実誤認を主張するのであって、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。また記録を調べて見ても原審の事実認定に違法は認められない(被告人本人の趣意中に違憲の語があるけれども単なる事実誤認の主張と認める)。

弁護人の上告趣意第三点について。

記録を調べて見ると、弁護人が、第一審においてすでに取調べた証人北林三郎につき、原審においてあらかじめ準備した事実調請求書に第一審判決後に作成した同証人の口供録取書と題する書面を添附して提出し、これに基いて再び同証人の尋問を請求したことは所論のとおりである。しかし仮りにこの請求が刑訴三九三条但し書前段の要件を具備するとしても、なおその証人を取調べることが但し書後段の要件を具備しこれを取り調べる必要のある場合にあたるかどうかは、結局原審の判断によって決せられる事項であるから、原審が弁護人の請求の理由と、すでに取り調べた事実と証拠とを合せて考えた上、右証人を取り調べなければならない場合に当らないものとして却下したことはなんら違法ということはできない。論旨は理由がない。

その他記録を調べて見ても刑訴四一一条を適用すべき事由は認められない。

よって刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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